【こうして(スタッフとの)打ち合わせ通り、私はご本人を前にして、できるだけ失礼にならないよう気をつけながら、質問してみました。
「あの、ヘヴィメタって、なんですか」
すると、驚きましたよ。デーモン閣下は親切! しかも説明がお上手! 私のようなロックシロウト相手に、それはわかりやすく教えてくださったのです。
「ハハハ。ロックというのは、わかりますね?」
最初に私に優しく断りを入れてから、こんなふうに話してくださいました。
「ロックがいろいろな枝葉に分かれていく中で、速さと激しさを追求したものをハードロックというんですね。♪ガンガンガンガン、ガガーンガンガーンガーン、タターンターンタ、バーンバーンバーンっていう感じ」
「ほうほう」
「じゃ、速くて激しければ全部ハードロックなのかというと、そうではなくて。そこからまた枝葉が分かれていって。速くて激しいけれど、ドラマティックであったり、仰々しい決めごとを取り入れる。たとえばクラシック音楽のワンフレーズを持ってきて、あるポイントに来たら全員がちゃんと、♪ダダダダーンみたいにベートーヴェンの『運命』のメロディをぴったり合わせる。そういうのを様式美というんですけどね」
「はあ~」
「簡単に言うと、様式美の要素を入れないと、ヘヴィメタルとは認定されないんです。ハードロックに様式美を持ち込むと、それがヘヴィメタルになるというわけ」
「そうかあ。ヘヴィメタって知的なんだ。もっとハチャメチャな音楽かと思ってた」
「ハチャメチャなのはパンク。速くて激しいけれど、♪うまく歌ったってしょうがないじゃーん。上手に歌うことになんの意味があるんだ~。ってのがパンク。だけど、ヘヴィメタルは上手じゃないと駄目なの」
これは開眼でした。ロックにそういう区分けがされていたとは初耳です。確かにその前夜、「聖飢魔II」のCDを聴いて、驚いたのです。閣下は歌がうまかった。その上手な歌を聴いているうちに、もう一つ、疑問に思ったことがありました。まるで優秀な家庭教師のように教え方が上手な閣下の優しさに付け込んで、私はさらに質問します。
「CDを聴いていて思ったんですが、こうしてお話ししているデーモン閣下はものすごく低温のダミ声なのに、歌を歌っているときの閣下の声は、ボーイソプラノのように高くないですか? どうしてなの?」
すつと、この質問にも明快な答えが返ってきたのです。
「それはね、理由があるんです。あれだけの轟音で演奏している中で、低い声で歌うとぜんぜん聞こえないんですよ。高くないと声が通らないから、だからヘヴィメタのボーカルはみんな、必然的に高い声で歌うようになったんです」
いかがですか。聞いてみるものですよねえ。こんな基本的な質問をしたら怒られるかと思って遠慮してしまった過去の数々のインタビューが、悔やまれるばかり。もちろん。お相手を選んで、「話してくれそうかなあ」と判断する必要はありますが、それにしても、「みんなが知っているふりして、実はあんまり知られていないこと」というものは、世の中にたくさん溢れているのです。そして、その根源的な質問をしてみると、ご本人が思いの外、喜んで解説してくださるケースはあるものです。】
「あの、ヘヴィメタって、なんですか」
すると、驚きましたよ。デーモン閣下は親切! しかも説明がお上手! 私のようなロックシロウト相手に、それはわかりやすく教えてくださったのです。
「ハハハ。ロックというのは、わかりますね?」
最初に私に優しく断りを入れてから、こんなふうに話してくださいました。
「ロックがいろいろな枝葉に分かれていく中で、速さと激しさを追求したものをハードロックというんですね。♪ガンガンガンガン、ガガーンガンガーンガーン、タターンターンタ、バーンバーンバーンっていう感じ」
「ほうほう」
「じゃ、速くて激しければ全部ハードロックなのかというと、そうではなくて。そこからまた枝葉が分かれていって。速くて激しいけれど、ドラマティックであったり、仰々しい決めごとを取り入れる。たとえばクラシック音楽のワンフレーズを持ってきて、あるポイントに来たら全員がちゃんと、♪ダダダダーンみたいにベートーヴェンの『運命』のメロディをぴったり合わせる。そういうのを様式美というんですけどね」
「はあ~」
「簡単に言うと、様式美の要素を入れないと、ヘヴィメタルとは認定されないんです。ハードロックに様式美を持ち込むと、それがヘヴィメタルになるというわけ」
「そうかあ。ヘヴィメタって知的なんだ。もっとハチャメチャな音楽かと思ってた」
「ハチャメチャなのはパンク。速くて激しいけれど、♪うまく歌ったってしょうがないじゃーん。上手に歌うことになんの意味があるんだ~。ってのがパンク。だけど、ヘヴィメタルは上手じゃないと駄目なの」
これは開眼でした。ロックにそういう区分けがされていたとは初耳です。確かにその前夜、「聖飢魔II」のCDを聴いて、驚いたのです。閣下は歌がうまかった。その上手な歌を聴いているうちに、もう一つ、疑問に思ったことがありました。まるで優秀な家庭教師のように教え方が上手な閣下の優しさに付け込んで、私はさらに質問します。
「CDを聴いていて思ったんですが、こうしてお話ししているデーモン閣下はものすごく低温のダミ声なのに、歌を歌っているときの閣下の声は、ボーイソプラノのように高くないですか? どうしてなの?」
すつと、この質問にも明快な答えが返ってきたのです。
「それはね、理由があるんです。あれだけの轟音で演奏している中で、低い声で歌うとぜんぜん聞こえないんですよ。高くないと声が通らないから、だからヘヴィメタのボーカルはみんな、必然的に高い声で歌うようになったんです」
いかがですか。聞いてみるものですよねえ。こんな基本的な質問をしたら怒られるかと思って遠慮してしまった過去の数々のインタビューが、悔やまれるばかり。もちろん。お相手を選んで、「話してくれそうかなあ」と判断する必要はありますが、それにしても、「みんなが知っているふりして、実はあんまり知られていないこと」というものは、世の中にたくさん溢れているのです。そして、その根源的な質問をしてみると、ご本人が思いの外、喜んで解説してくださるケースはあるものです。】
「浄水器買いませんか?」「いりません」「今なら水質検査が無料ですけど、どうですか?」「結構です」「芸能人も使ってるんですよ?」「あ、これってもしかして、あの暁美ほむらさんも使ってるってやつでしたっけ?」「あぁ、ご愛用いただいていると聞いております!」「帰ってください」
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| — | Twitter / @c2cho (via k32ru) |
で、その話を。
岩波書店はみんな知ってるはず。一時は「日本の知性」といった印象すらあっ
た出版社。映画の配給や上映なんかもしてたね。
もちろん書籍と雑誌を出しているんだけど、ここの雑誌が、とても浮世離れし
ているという。
全部ではないけれど、一部の雑誌では、著者原稿の半分以上がまだ原稿用紙で
来るんだそうだ。凄いなあ(笑)。そのレベルでは、著者とのやり取りもメール
じゃなくて電話電報ってのが多そう。
当然、そうした雑誌ではDTPなんか取り入れておらず、昔ながらの写植製版だ
ろう。
6誌あるんだけど、「図書」「世界」「科学」「思想」「文学」「環境と公
害」だぜ。これ誌名じゃなくて、辞典の項目名だろ(笑)。編集者が考えたタ
イトルとはとても思えないじゃん。創刊企画は楽だろうなあ。
岩波がDTPできない理由を、もうひとつ聞いた。それは、日本語についての
「岩波ルール」が厳格であり、かつ大量にあること。
もちろんどこでも出版社の用語遣いは、社内で統一されるのが一般的。その
際は、たとえば各新聞社が出版してる「用字用語集」に準拠する、などと決め
るのが普通。楽だから(実はWeb時代になってこれが崩れてきてて、そこんと
この考察も面白いんだが、本筋でなく例によって長くなるんで、いずれまた)。
話を戻す。岩波の場合、ルビひとつとっても、もの凄く厳密らしい。たとえ
ば「漢字3文字の用語に対しルビ4文字を振る場合は、こうこうの位置に割り
振る」って、個別に全部決めてあるという。ルビひとつでこれじゃ、たしかに
DTPは永遠に無理だ。
ルール命なんで、編集者より校閲とか編成のほうが権力を持ってて社内でえ
ばってるんだと。フツーの出版社の感覚では、信じられない状況だ。中世中国
の役人組織みたい(笑)。
ファンに年寄りの多い浮世離れした出版社だしこの不況だしで、もちろん書
籍も雑誌も売り上げはガンガン減ってるらしい。
ではなんで潰れないかというと、「広辞苑」という化け物看板があるから。
熱心なファンは多く、改訂されれば必ず買う人が多い。並装と革装の両方持っ
てる人もザラだ。加えて電子辞書には必ず入っているし、ファンはもちろんそ
れも押さえている(ちなみに電子辞書コンテンツはものすごく買い叩かれる)。
まあ、いろいろ聞いたけど、ある意味うらやましい出版社だ。ちなみに社員の
給料は高い。編集者は東大出身が多い。「岩波なら書く」という知識人(特に
大学のセンセイ)がいるので、著者にも事欠かない。
もっと書けば、現状、書籍を買い切り(売れ残りは書店が損を被る)で出荷
している出版社は、岩波くらいだ。ほとんどの出版社は委託(返本あり)の契
約。こんだけ出版社が多くても私の知る限り、あと買い切りで書籍を出してい
る(た)のは、一時のアスキーと静山社くらい。つまり岩波は特別ってこと。
普通は取次に受け付けてもらえない。
静山社が買い切りにこだわったのは、ベストセラーの怖さを知るから。ってわ
かんないよね。これまた脱線して長くなるんで、明日書きます。
またしても力技で岩波に話を戻す。今回なんか疲れるな。
ここまで読むと揶揄してるように思うかもしれないが、私は本心から岩波を
尊敬している。というのも、岩波文庫でしか読めない世界の古典的名著が鬼の
ようにあるからだ。売れっこないローマの将軍の従軍記なんて読めるのここだ
けだぜ。
普通で考えたら、そんなん全部切って儲かる辞書中心に運営したほうが、絶
対楽だし儲かる。
世間には、こうした浮世離れした出版社がひとつくらいあっていい。文化のた
めにその位置でぜひ踏ん張っていてほしい。マジで。
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| — | 【三十一谷人】福沢諭吉について(其の8) (via poochin) |
染井吉野はその美の追究が先行したのか、生命体としての成熟を待たなかった。実生にはならないのである。よく見ると染井吉野にも実が成るようだが、あれから木が育つということはないらしい。染井吉野を増やすには枝を挿し木する。つまり、日本の染井吉野の木はもとは一つのマザーをもっている一つの生命体である。クローンでもある。個体の寿命も短い。追記:花木の挿し木が特殊っていうことではないんですが。
染井吉野は、身体を分化してのみ増殖するという点で死を否定された生命体でもある。日本全国、そしてアメリカ、中国、韓国と、世界各地に散らばった染井吉野だが、生命体としてはただ一本の永遠の木なのだ。ミヒャエル・エンデ「はてしない物語」にアイウォーラおばさんという不死のイメージが出てくるが、染井吉野はただ美を与えるためだけに存在し、しかも死と美のイメージを振りまきながら、実際には次世代のために死ぬことが許されない不思議な存在だ。その存在は、ある意味、畸形でもあり、江戸が同じく作り出した蘭鋳のような奇怪さも持ち合わせている。と、いうのはさすがに考えオチ。
染井吉野は、身体を分化してのみ増殖するという点で死を否定された生命体でもある。日本全国、そしてアメリカ、中国、韓国と、世界各地に散らばった染井吉野だが、生命体としてはただ一本の永遠の木なのだ。ミヒャエル・エンデ「はてしない物語」にアイウォーラおばさんという不死のイメージが出てくるが、染井吉野はただ美を与えるためだけに存在し、しかも死と美のイメージを振りまきながら、実際には次世代のために死ぬことが許されない不思議な存在だ。その存在は、ある意味、畸形でもあり、江戸が同じく作り出した蘭鋳のような奇怪さも持ち合わせている。と、いうのはさすがに考えオチ。
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敷島の大和心を人問はば朝日に匂ふ山桜花: 極東ブログ (via ginzuna) (via salz)
2010-03-03 (via gkojaz) (via yaruo) |




